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横浜地方裁判所 昭和33年(ワ)1089号 判決 1964年5月18日

原告 合資会社 平野機械製作部 外四名

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外四名

主文

一、被告は原告合資会社平野機械製作所のため横浜市中区池袋一三番の一山林四反一一歩の北側に設置した直径約二米、深さ約二米五〇糎の浸透式汚水槽及びこれより北方石垣に通ずる直径約三〇糎、長さ約五米の土管を撤去せよ。

一、原告らのその余の請求をすべて棄却する。

一、訴訟費用は原告らの負担とする。

一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一、原告らがその主張の如く各土地を所有していること、被告が昭和二一年頃一一番及び一二番の一山林の北方上部隣接地に本件軍用地を造成したこと、その際右山林と軍用地との間に本件石垣を設置し、かつ軍用地内の宿舎から排出される汚水を処理するため本件汚水槽と軍用地からこれに通ずる土管とを設置し、また本件石垣のほぼ中央附近に直径三〇糎位の穴を設けたこと、昭和三三年九月二六日第二二号台風通過直後一一番山林の一部が濁流崩壊したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、ところで原告ら所有の各土地と本件軍用地との位置及び地形の関係、並びに本件崩壊箇所の位置及び崩壊の状況について証拠をみると

(一)  甲第三三号証の一(原告平野本人尋問の結果により成立を認める)、甲第三四号証(原本の存在とその成立に争いがない)原告平野本人尋問の結果、鑑定人山門明雄鑑定の結果(特にその付図(一)、(二))、証拠保全における検証及び当裁判所のなしたる検証の各結果を綜合すると、原告ら所有の各土地は横浜市中区池袋に存する)丘陵の南向き斜面とそのふもとの平坦地に所在するもので、右丘陵斜面は南方に平行して延びる二つの尾根とこれに挾まれた幅九ないし一五米の狭い谷間より成り、右二つの尾根のうち東側尾根の上部が一一番山林、西側尾根が一三番の一山林、谷間の上部が一二番の一山林、下部が一〇番宅地の西側部分にあたり、右谷間には五段の段々畠(本件崩壊以前より耕作はされていなかつた)が存し、右二つの尾根と谷間の尽きたふもとの平坦地が三番の二、二二番の一及び二の宅地となつており、また本件軍用宅地は東側尾根即ち一一番山林の上部にあたる丘陵の頂上附近を平坦にならして造成した高台地で駐留軍宿舎第四〇七、第四〇八号住宅の敷地となつており、右敷地の西側から一二番の一、一三番の一山林の上廓にかけては軍用地を東西に貫ぬく幅約六米、両側にL型排水溝を有する舗装道路が設けられ、本件石垣は造成によつて平坦な高台地となつた軍用地(第四〇七、第四〇八号住宅敷地)と一一番山林との境界を画して高さ約三米、長さは右舗道から南東へ約四〇米にわたつて設置されたもので石垣の中の穴は右舗装道路により一四・五米の所に設けられており、また右石垣下には石垣にそつて南東に至る小路の存することが認められる。

(二)  そして甲第一一、第一二号証(いずれも成立に争いがない)、第三一号証(原告平野尋問の結果成立を認める)、証拠保全における鑑定人関松二の鑑定結果及び検証の結果を綜合すると、本件崩壊は右石垣に接する一一番山林の南西斜面が最大傾斜線に沿つて石垣のほぼ中央附近、前記の穴より約三・二米離れた箇所の石垣際より幅約一二米、長さ約二〇米、深さ約三ないし四米にわたり恰も底なだれの如く殆んど地下の泥岩層が露出するに至る迄大量の土砂(約三六五ないし三八六立方米)が崩壊したもので、その崩壊土砂は前記谷間の段段畠の上から一段目と二段目の段落附近より谷間の中に流れ落ち南に方向を変え谷間に沿つて濁流の如く流下したことが認められる。

三、以上のような本件軍用地と一一番山林尾根、一二番の一谷間の地形、本件崩壊箇所の位置及び崩壊状況と乙第一ないし第三号証(いずれも成立に争いがない)並びに山門鑑定の結果を綜合して判断すると、本件崩壊は昭和三三年九月二二日以降連日の降雨とそれに別続く第二二号台風の豪雨(以上の降雨量は被告主張のとおりで特に横浜地方気象台開設以来最大と云われる二六日の豪雨は殆んど当日午後一時より一一時迄の間に集中して降つたものであることは公知の事実である)によつて、本件石垣直上の駐留軍宿舎第四〇七、第四〇八号住宅敷地の西側部分に降下した雨水及び右敷地の西側を通る前記舗装道路の側溝を溢れた雨水が、本件石垣上から或いは石垣下の前記小路を伝つて、石垣中央附近の右小路が弯入した凹みを成す部分より一一番山林南西斜面に集中流下し地中に浸透した結果、右斜面の土の単位重量及び土中の間隙水圧が急激に増加したことによりローム層と泥岩層との間における辷り面の抵抗が低下し、前記の如く石垣の中央附近にあたる一一番山林の南西斜面が最大傾斜線に沿つて底なだれ状に崩壊したものであることが認められる。

四、もつとも右認定の崩壊原因についてはこれに反する原告らの主張(請求原因第三項の(一)ないし(三))にそう証人渋谷磯次郎の証言、原告平野本人尋問の結果並びに鑑定人大竹茂の鑑定結果もあるので、以下その採用し難い所以について説明する。

(一)  先ず軍用地造成の際本件崩壊斜面一帯になされた捨土盛土によつて斜面が急角度に変化すると共に軟弱となつたと云う点については、証人富川吉郎の証言及び山門鑑定の結果によると、被告は一一番山林上部に接する丘陵を切り崩して平坦な高台とするためその用地自体につき取土、盛土をして傾斜をならしたこと、またその境に本件石坦を設置するに際し平均五〇ないし六〇糎の土を堀り下げ基礎コンクリートを打ち間知石の本件石垣を積み上げた後石垣脚部に盛土をしたことは認められるが、その際原告ら主張の如く特に一一番山林上部に捨土、盛土をしたことはなく、原告平野本人尋問の結果によつても盛土によつて高くなつたのは前記舗装道路に該当する部分だけであつて、他に本件崩壊の原因となるような盛土、捨土のあつた事実は確定することができない。

(二)  次に軍用地造成による地形変化のため従来丘陵の反対地区に流れていた雨水まで本件崩壊斜面に流れ込むようになり、然も第四〇七、第四〇八号住宅敷地には排水溝すら設置されていなかつたばかりか、本件石垣中央に排水溝を設け軍用地内に降下した雨水を本件崩壊斜面に集中排水していたと云う点については、山門鑑定の鑑定によると、軍用地造成前においては丘陵頂上附近の降雨水は一部が北側へ、一部が南西側(本件崩壊斜面側)へ自然流下していたところ、第四〇七、第四〇八号住宅敷地の造成及び本件石垣の設置により通常降雨の場合は右敷地の西側に開設された前記舗装道路側に流れ道路の側溝を通じて下流(西側)へ排水されるようになつたことが認められ、原告ら主張のように軍用地(右敷地)の造成によつて降雨水が従来の流下方向を変え特に本件崩壊斜面に集中して流下するようになつたとは認められず、また石垣に設けられた穴については雨水の排水溝ではなく、被告主張のとおり石垣内部地下に設けられたボイラー室に通ずるものであることは当裁判所のなしたる検証の結果によつて明らかであり、証人渋谷の証言及び山門鑑走の結果を綜合すると右の穴からは時期によつてその量を異にするがある程度暖房還元水の漏排水があり、これが右の穴から石垣下の斜面に浸透していたことは認め得るが、量的に殆んど問題とするに足らず、原告ら主張のように雨水が集中排水されていた事実は全く認め難い。

なお第四〇七、第四〇八号住宅敷地に排水溝が設置されていないことは山門鑑定の結果により明らかであるが、それが本件崩壊の原因をなしだ工作物設置の瑕疵と云えるかどうかについては後述する。

(三)  次に原告らが駐留軍宿舎数十戸分の汚水を本件崩壊斜面に浸透させていたと主張する本件汚水槽については、証人梅村清の証言とそれによつて成立を認める乙第五号証、山門鑑定の結果、証拠保全及び当裁判所における各検証の結果を綜合すると、本件汚水槽は第四〇八号住宅一棟二世帯分の汚水を処理するため設置されたレンガ積みの周囲を砂利で裏込めした浸透式汚水槽であるが、その底部が使い泥岩層の上に設置されていたため浸透式汚水槽としての機能が殆んど失われ、汚水は汚水槽の上部より西側斜面(崩壊箇所とは反対方向)、へ溢流していたものと認められ、多少の汚水が地中に浸透していたにせよ、原告ら主張の如き大量の汚水が崩壊斜面に浸透していたとは認め難い。

また原告らは本件汚水槽のほか更に別の汚水槽一箇が崩壊斜面内に設置されていた旨主張し、証人渋谷の証言中には右主張にそう供述もあるが、右は乙第五号証と証人梅村の証言に比照してにわかに借信し難い。

さらに、山門鑑定並びに証拠保全及び当裁判所の各検証結果を綜合すると、原告ら主張の如く、若し本件汚水槽が柔い地盤の上にあつて浸透式汚水槽としての機能を果しそれが原因となつて崩壊を生じたものなら、右崩壊は汚水槽のきわから生じ汚水槽と崩壊箇所との間約一・二五米の土砂は全く崩れておらず、また本件汚水槽が傾いてもいないことからすると、前記認定に反する原告らの主張は採用の余地がなくまた大竹鑑定の結果は本件崩壊斜面の崩壊可能雨量はその地質地層傾斜よりみて一日九〇〇ミリ、毎時三五ないし四〇ミリとするその前提自体において気象学上及び地質工学上の根拠を全く欠いており、更に本件汚水槽から過去十年余の間に右崩壊可能雨量との差毎時二五・五ミリの雨量に相当する地下浸透水があり、それがローム層に含溜されて汚水槽下部の地盤を傷めていたと云うことも既に認定してきた崩壊斜面の地形、本件汚水槽の構造並びに汚水槽附近の状態に照らし理解し難いものであつて、山門鑑定と対比すればとうてい採用し得るものではない。

五、以上認定したところによれば、本件崩壊は第二二号台風に伴う豪雨の際第四〇七、第四〇八号住宅敷地に降下した雨水及び舗装道路の側溝を溢れた雨水が本件石垣下の谷間へ大量に集中流入したのに影響をうけてはいるが、右敷地及び舗装道路の排水設備に瑕疵があつたかどうかについては、先ず第四〇七、第四〇八号敷地における通常降雨の排水径路については前認定のとおり(第四項の(二))であるから特に本件のように極めて異常な豪雨に備え石垣下の山林斜面を保護するため本件石垣上に緋水溝を設けなかつたとしても、これをとらえて工作物(右敷地の如く人工的に造成された高台地は工作物に該当する)設置保存の瑕疵にあたるとは認め難く、また舗装道路側溝については山門鑑定の結果によると右は日降水量三〇ミリの降雨に対する処理能力をもち通常の排水設備としてはむしろ余裕のあるものと認められるから何らの瑕疵をも認め得ない。更に本件石垣下に流下した雨水の浸透を防止するため石垣下(道路沿い)に排水溝を設置すべきであつたかどうかについて考えてみても、石垣下道路は山林内を通ずる小路であるからこれに排水溝を設置しなかつたことが特に工作物設置保存の瑕疵にあたるとは認め難い。

以上の説示によつて明らかなとおり本件崩壊は駐留軍の占有使用する工作物(即ち被告によつて造成された軍用地とそれに伴う諸設備)の設置及び保存の瑕疵によるものとは認められないから、本件崩壊によつて原告らが如何なる損害を蒙つたかにつき判断するまでもなく、原告らの被告に対する本訴損害賠償請求はその前提を欠き理由がない。

六、次に被告が原告会社所有の一三番の一山林北側に本件汚水槽と、石垣よりこれに通ずる土管とを設置していることは被告の認めるところであり、また右設置の権限について被告は何らの主張立証もしていないから、被告は右汚水槽及び土管を撤去すべき義務がある。

七、よつて被告に対する原告らの損害賠償請求はすべてこれを棄却し、原告会社の本件汚水槽及び土管の撤去を求める部分はこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条但書、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して

主文のとおり判決する。

(裁判官 森文治 石沢健 井野場秀臣)

損害目録第一、第二、<省略>

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